怒るということ-その1
さて、今までの続きで「過去を思い出して怒りで心を苦しめる必要はない」ということを書きたいのですが、
その前にそもそも「怒る」ということはどういう事なのかを考えてみたいと思います。
「怒る」ということ自体を否定する人がいます。
ポジティブシンキングを勧める人や、プラス思考が好きな人には、そういう人が多いです。
また、潜在意識をコントロールして夢を実現しようという人にも多いと思います。
しかし、「怒る」ということは、全くいけないことなのでしょうか?
僕は全くいけないことだとは思いません。
かと言って怒りまくった方がいいという訳ではありません。
僕はカッとなって怒ってしまって、人間関係にヒビを入れてしまった経験がたくさんあります。
そのほとんどが修復できないヒビになってしまいました。
だから、怒ることは悪いことではないですが、その怒(いか)りの出し方が重要だと思うのです。
怒るというのには、不平や不満、愚痴が入ります。
だから、マイナスの思考であるからダメなんだ、と思う人もいるでしょう。
しかし、一つには革新や改革というものは、怒りが元になって行われてきたものです。
会社の仕事のやり方だって、
「なんでこんなやり方をしているのだろう?こうすればもっと品質が良いものが安くできるのに。それで、もっとお客様に喜んでもらえるのに。
なんでやり方を変えないんだろう?それが習慣で慣習だから?やり方を変える勇気がないからなの?」
という疑問や怒りから変わって行くのです。
それは人間の歴史の中で、科学学説から生活のシステム自体まで、みんなそうです。
遺伝子の法則を発見したメンデルは、生物学会がどうしても彼の法則を認めないことに怒り、
「必ず私の時代が来る!」
と言いながら亡くなったそうです。
こうした怒りから研究や実践が行われて、より良い方向に物事は変わっていくのです。
もう一つには、怒りにはものすごいパワーがあるということです。
怒っている時には仕事の効率がものすごく良くなります。
何かに対して怒っている時に部屋の掃除や整理をすると、あっと言う間にきれいになります。
前にも書きましたが、僕は前の会社でお惣菜(そうざい)の商品開発をやっていました。
会社というところは(社会全体もそうかも知れませんが)、汚いところです。
汚い欲があったり、利己心(エゴイズム)があったり、つまらないプライドがあったり、臆病(おくびょう)で ことなかれ主義な人がいたりします。
古いやり方にしがみつく因循姑息(いんじゅんこそく)な人もいますし、
めんどうくさい仕事は他人に押しつけて、給料は他人よりもたくさんもらいたい人もいます。
それが人情ですね。
会社の利益が第一で、消費者のことはその次だと考える人もいます。(「うちの会社は慈善団体ではなくて、営利企業なんだから」と・・・。「消費者の満足が第一なのであって、消費者から支持されない企業なんて滅び去るに決まっているでしょう!!」なんて言ってケンカするのもバカバカしくて嫌な人もいます。)
そういう様々な怒りを仕事にぶつけると、闘志にあふれた商品ができました。
怒りというものには、修復不能な人間関係のヒビを作るほどのエネルギーがあるのですから、
これを利用しないのはもったいないと思うのです。
「怒るのは健康に良くないから、怒らないようにしよう」なんて思って、
一生、心の中でさえ怒らないというのは損な生き方だと思うのです。
会社などの組織の中や、家族などのコミュニティーなかで、
「なんでやり方を変えないの!?この臆病者ぉー!!」
と叫んでも、自分が本当に心地よいと思うやり方には変わらないでしょう。
でも、怒りを持つこと、闘志を持つことは、とても大切なことだと思うのです。
精神病の治療には、分厚い木の板に粘土を投げつけて怒りを表現するような方法もあります。
僕なりにやってみた方法もあります。
文章に書いてみる方法もあります。
これから、そういう方法を紹介していきたいと思います。
その後で、自分勝手な欲望が満たされないために出てくる怒りや八つ当たりしてしまう時の怒り、
その他の自分を苦しめる不必要な怒りを無くすためにはどうしたらいいかを書いていきたいと思います。
怒りで心を苦しめない、僕なりの方法を書いていきたいと思います。
| 固定リンク


コメント