今年の7月10日に書きましたテレビの精神科医は
「薬だけではうつ病は治らない。心の持ち方を変えなければ治らない。」
と言っていました。
このようなことは医学書や医学雑誌にもよく書かれています。
しかし、その具体的な変え方は書いていません。テレビでも放送されません。
それは、なぜでしょうか?
それは変えるべき方法が、人によって違うからです。
ここでは僕の場合、どのように心の持ち方を変えたら治ったのかを紹介しましょう。
あくまで一つの例として聞いてください。
そうして、これから紹介するように心の持ち方を変えたのは、とりあえず僕がうつ病を治すためで、一生このままの生き方を通すつもりはありません。
とにかく僕はうつ病が苦しかったのです。
なんとかいったんうつ病から逃れて、そうしてうつ病が再発しない生き方を見つけたい。そのために心の持ち方を変えました。
ここではその変え方を紹介したいと思います。
古い言葉に「過ぎたことを思い出して心を痛めることなかれ、今が大事、先を楽しめ」というものがあります。
過去を思い出して心を痛めてはならないと言うのです。
過去を思い出して心を痛めるのには、二つのパターンがあると思います
一つは、過去の失敗を思い出して、どうしてあんなことをやってしまったのかと思うことです。
そうして、「自分はだめな人間だ。こんなにだめでは自分はこの先見込みがない、死んだ方がいいのだ」と思い、心を痛めてしまうのです。
いつもいつも過去の失敗を思い出している人は、性格が暗い人です。
過去の失敗を思い出しても「あん時はあん時だ」と思い、
将来の不安が思い浮かんでも「そん時はそん時だ」と思う人は明るい人です。
こんな人は明るいとも言いますが、放埓(ほうらつ)、放胆(ほうたん)、剛胆(ごうたん)とも言えるでしょう。
さてでは、この暗い人と明るい人では一生のうち、どちらが実際に不幸な事件にあう回数が多いでしょうか?
厭世哲学者のショーペンハウアーによれば、それは明るい人です。
その理由は、暗い人はいつも過去の失敗を思い出して、失敗した原因を自分に問いつめて、同じ失敗をしないように気をとがらせているからです。
だから、過去の失敗を思い出すのも悪いことばかりではありません。
無理に明るい人になる必要はないのです。
ただ、いつも失敗を思い出して自分を責め続けているのは、きつくてそれだけでとても不幸な状態です。
だから、過去の失敗を思い出したらすぐ「その失敗の教訓は何だろう?」「その教訓をまだ十分記憶していないだろうか?」と考えればいいのです。
ほとんどの過去の失敗について「次回からはこうしよう」という教訓はもう分かっているものです。
そうして、その教訓をもう十分記憶しているのです。
にもかかわらず、その失敗についてものすごく詳しく追体験をしてしまっているのです。
さらに、似たような失敗を次々に思い出してしまっているのです。
これは同じ失敗をしないための一種の優秀な才能です。
でも、追体験をする必要はないのです。
その失敗の登場人物の表情、言い方、声色まで思い出して苦しむ必要はないのです。
それでは同じ失敗を繰り返す人の何千倍も、何万倍もの苦しみを追体験しなければなりません。
これでは、うつ病にかかってしまいます。
以前に書きましたように、医学博士の土橋重隆氏によれば、
病気にかかるのは、体が生き方を変えることを望んでいるからなのです。
このことは、2007年1月4日の「末期ガンが治る人の特徴」(詳しくはここをクリック)に書きました。
うつ病にかかる人のほとんどは、「過ぎたことを思い出して心を痛める」という心のくせを強烈に持っています。
それは、うつ病になりやすい性格というものがあり(その性格というのは非常にすぐれた性格ですが)、その性格を持っている人は過去の失敗を思い出せないと、心の底で「死の恐怖」を感じてしまうからなのです。
もちろんそれは思いちがいです。
どんな性格を持っている人でも、過去の失敗を思い出せないからと言って、滅多(めった)に死ぬものではありません。
ところが、うつ病にかかる人は人間関係の初めからボタンのかけちがいをしてしまっているので、「(失敗を思い出せなかったら)絶対に死ぬ」と思ってしまうのです。
僕は精神科医に
「自分が思い出せなかったら人にまかせればいい。自分ができないことは人にまかせればいい。」
とよく言われました。
でも、人間関係に対する考え方が歪(ひず)んでしまっていたので、精神科医の言うようなことはできなかったのです。
まず、そんな歪みをほぐして、「死の恐怖」を感じるのは思いちがいだと納得しなければなりません。
まずそれをしなければ、心の持ち方を変えることはできないし、うつ病も治らないと僕は思うのです。
次回からは僕の体験をもとに“心のどこが歪んでいたのか?”、“なぜ「死の恐怖」を感じていたのか?”、“どうしたら治ったのか?”について書いていきたいと思います。
過去の失敗をどうしても思い出してしまう原因が分かって、その原因を取り除くことができて、もう思い出さなくなれればどんなに心が楽でしょう。
僕はもうほとんど思い出さなくなりました。
それを書いた後に、過去を思い出して心を痛めるもう一つの原因である、「過去の自分や他人を思い出して怒る」ということについて書いていきたいと思います。
その後に、「今が大事であること」、「先を楽しみにして生きるとどんなに心が楽になるか」について書いて行きたいと思います。
さて、今日の最後に「教訓を十分に記憶しきっている過去の失敗」を思い出さない方法について書きます。
まず、今までで一番ひどい失敗と二番目にひどい失敗を思い出します。
そうして、教訓を記憶しきっている過去の失敗を思い出したら
「ああ、こういうことを思い出していると次から次へと思い出してしまって、
結局一番ひどいあの失敗を思い出さないといけなくなるなぁ。
そんなのはもう飽(あ)き飽きしてるなぁ。
あんなひどいことを思い出すくらいならアホらしいからもうやめよう」
と思うのです。
何かの失敗を思い出すと、すぐに一番ひどい失敗を思い出すようにします。
そうすると、僕の場合にはそのひどい思い出には精神的なアレルギー反応がありますから、すぐに思考が停止してしまうのです。
いきなり一番ひどい失敗を思い出した時には、すぐ考えを2番目にひどい失敗に切りかえます。
そうすると、やっぱりすぐ思考が止まります。
何か呪文(じゅもん)を決めておいて、思い出しかけたらそれをとなえるのもいいと思います。
僕はここしばらく「そんなの関係ねぇ~そんなの関係ねぇ~」と、となえるようにしています。
もう滅多にとなえませんけれども。
参考文献:ショウペンハウアー著「幸福論」
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