2009.10.19

おわびと訂正 臍下丹田(せいたたんでん)の位置について

 秋も深まってまいりました。
 みなさんはいかがお過ごしでしょうか。
 いつも僕のブログを読んでいただいて本当にありがとうございます。
 さて、タイトルの臍下丹田(せいかたんでん)の位置につきまして、以下のように訂正させていただきたいとおもいます。

 (誤)ヘソの下5cmぐらいの所
 (正)ヘソの下10cmぐらいの所

 06年09月10日の「疲れちゃった人に東洋医学の呼吸法をお教えします」(ここをクリックするとリンクします)と
 08年02月15日の「冬のうつ病対策(血行を良くする)」(ここをクリックするとリンクします)に
誤った記述をしてしまいました。

 すぐ後に「この場所には個人差があります」とは記述してはいたのですが、やはり誤っていました。
 大変申し訳ございませんでした。心からおわびを申し上げます。
 
 ある気功法の本にこのような記述があり、また私の臍下丹田(せいかたんでん)の位置もヘソの下5cmぐらいだったので、このような記述をしてしまいました。
 ところが、他の様々な気功法の本を読みましたところ、皆ヘソの下10cmぐらいと記述してありました。

 申し訳ございませんでした。
 今後はよく確認をして、このようなことのないようにしたいと思います。
 すでに上記2日ぶんについては、書き換えさせていただきました。

 おわびをして、訂正をさせていただいます。


 

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2009.09.30

怒るということ(その2-怒りを運動に向ける)

さて、前に「精神病の治療には、分厚い木の板に粘土を投げつけて怒りを表現するような方法もあります」と書きました。
10年ぐらい前にそういう療法をしているのをテレビで見ました。
患者は10代のアメリカ人女性で、彼女は多重人格という病気でした。
彼女は病院の体育館のような場所で、職員が次々に手渡す直径10cmぐらいの粘土の玉を分厚い木の板にぶつけていました。
木の板は彼女から3mぐらい離れたところに、金具で固定して立ててありました。
木の板の高さは1.5mぐらいで、幅は1mぐらいでした。
彼女はその療法が終わった後のインタビューで
「こんな病気はもういやだ。病気なんか消えてなくなればいいのに。」
と泣きながら言っていました。
泣き終わったあと、彼女はとてもすっきりした顔をしていました。

僕はそのころ、うつ病にかかっていたので、その療法を見ていて
「僕もあれをやってみたいなぁ」と思いました。
でも、僕の通っている病院では、そういう療法をやっていなかったので、
自分で工夫をしてやってみることにしました。

高さ60cm×幅60cm×奥行き60cmぐらいの段ボールがあったので、それをを部屋の奥に置きました。
その上から手前の面に敷布団(しきぶとん)をかけました。
その敷布団の上に冬用の掛け布団をかけました。
その上に夏用の掛け布団を2枚かけました。
そのうえに古い毛布をかけました。
それらでできた山の一番上に座布団を積みました。
そうして、段ボールの手前の面に目がけて、ソフトボールの3号球(普通のソフトボール)を投げつけてみました。
ソフトボールの3号球は950円ぐらいでした。
布団(ふとん)にうまく傾斜をつけて、投げた球が手前にころがって戻ってくるようにしました。
これは気持ちがいいです。
体重を後ろにかけて、そこから腰を動かして、体重を前へ移動する時がとても快(こころよ)いです。
ものすごい快感です。
でも、やりはじめて一か月後に、夢中になって投げていると手元が狂って、球が押し入れに飛び込んでしまいました。
それで押し入れの壁にヒビを入れてしまいました。
やっぱり家の中で投げるのは危ないので、外で投げることにしました。
ところが、僕の家の近所にはボールを投げる壁がないのです。
その時は両親の実家に住んでいたのですが、実家の前の道は狭くて、家のブロック塀(べい)に投げつけたら、はね返ったボールが向かいの家に入ってしまいます。
今、学校の校庭は学生以外は立ち入り禁止です。
公園などに金網のフェンスはあるのですが、金網では大きな音がするし、金網が曲がってしまうのではないかと思って投げられませんでした。
近くにめったに人が来ない公園がありました。
そこに3段ぐらいの階段があったので、そこにアンダースロー(下手投げ)で投げていました。
でも、すぐに「この公園でゴルフや野球の練習をしないでください。かたいボールで遊ばないでください」という看板が立てられました。
その看板はうちの近くの公園全部に立てられたようで、ボールを投げる場所がなくなってしまいました。
今、全国でそういう公園がとても多くなっているそうです。
それから、3年ぐらい外で投げていませんでした。
小学生のころは、家が広い道に面していたので、そこで野球の練習ができました。こんなにボールを投げる場所を探すのに苦労するとは思ってませんでした。
(僕は小学3年生のとき、初めて一戸建ての家に住みました。もちろん賃貸住宅で会社の借り上げ社宅で、アルミサッシの窓がひとつもない冬はすきま風が寒い家でした。)

それから、僕はボールを使わないでも、腕を使えればいいのではないかと考えました。
以前読んだ、うつ病患者を主人公にした小説で、ベッドをばんばん叩くのがいいと書いてあったことを思い出しました。
これはボールを投げるほど気持ち良くはありませんでした。
長時間やっていたら手首をくじいてしまいました。
次の日見ると、右手首に大きな青あざができていました。

靴下をまるめて投げてみました。
それもダメでした。
やっぱり靴下では軽すぎるのです。

ちょうどその頃、深夜のテレビでぬいぐるみを投げつける うつ病患者を見ました。
さすがにあんなかわいそうなことはできないと思いました。
でも、その後に若い女性タレントのプロフィールに「ストレス解消法:ぬいぐるみをベッドに投げつけまくること」と書いてあるのをたまたま目にしました。
ひょっとしてこの「ぬいぐるみを投げつけまくる」ことは、すごくメジャーなストレス解消法なのではないでしょうか?
そう思い、やってみました。
でも、全然ダメでした。やっぱり軽いのです。
ソフトボールの快感は全く得られません。
あんまりダメなんでよけいイライラしてきました。
我(われ)を忘れそうになりました。
怒りを運動に向ける時は、怒りが高じてパニックにならないようにすることが大切です。
人には向き不向きがあるからです。人によって体力や筋力が違いますから。

そこで僕は「野球の投手はどうやって練習してるんだろうか?」と考えました。
それを調べるために、野球のノンフィクション小説を買いました。
プロ野球の巨人軍に入団した選手はまず二軍の寮に入るそうです。
そこの個人の部屋の床にはカーペットが敷いてあって、その下はタイルだそうです。
そこで、投手は夜、一人でピッチング練習をするそうです。
素手で投げる練習をしても筋肉がつかないから、タオルの端をにぎって練習するそうです。
僕もタオルをにぎって投げてみました。
これはいいです。
タオルの端から三分の一くらいの所を持って投げると、ちょうどソフトボールの球を投げているぐらいの重みを感じました。
それから3年後に、かたいボールを投げていい場所をみつけました。
やっぱり探せばあるものですね。
「この場所はだれでも自由につかってあそんでね」という看板がありました。
そこは東と西を急坂で囲まれたせまい空き地で、南が高くなっています。
南側は垂直の崖になっていて、崖はコンクリートおおわれています。
そのコンクリートにボールを投げつけることができます。

「こんなことは対症療法じゃないか?」と思う人もいるでしょう。
僕もそう思います。
対症療法は別名を姑息(こそく)療法といいます。
「僕は何のためにこんなことをしているのか?」と思ったこともあります。
「もっと根本的に治せる方法。根治療法をしなければ・・・」と思います。
「こんなこといつまでやってても治るもんか。
精神科医が出す薬を飲むことだって姑息療法だ。
薬でうつ病が治るもんか。
薬でうつ病が治るのなら、なんでもマイナスに考えてしまう暗い性格の人は、薬を飲めばみんな明るい人生を送れることになる」。そう思います。
抗うつ剤を密売で買った人がインタビューに答えて「これで明るく楽しい人間になれます。」と答えていたけど、そんなことはありえないはずです。
たとえ一時的になれても、薬には耐性がつくでしょう。
確かにうつ病は薬だけでは治らないでしょう。
完治することはできなくて寛解(かんかい・白血病などで症状がおさまって、発病前と変わらないように見える状態のこと)にしかならないという医者もいます。

本当に根本的に治そうと思ったら、無意識から治さなければならないでしょう。
無意識は医学用語です。一般的には潜在意識と言います。
無意識とは精神医学をつくり出したフロイトとその一番弟子のユングによって、はじめて発見され研究されたものです。
そういう方向からも治していく必要があります。
本当は専門のカウンセラーに治してもらうのがいいです。
でも、お金がかかります。カウンセリングは1時間1万円が相場です。
日本には精神科のカウンセラーの国家資格がないので、保険は効きません。
それに僕のように長くうつ病をやって、精神科医にさえ不信感が強い人間は、心理カウンセラーなんて信じられないものです。
僕は通っていた精神科デイケア(9:00~15;30で精神病のリハビリなどを行う施設、料金は保険が適用できて一日2000円程度)に、たまたまカウンセラーがいたので、カウンセリングを受けられました。
カウンセリングは毎回受けられるのではなくて、どうしても病状が悪くなった時や自分で解決できない問題が起こった時にしかカウンセラーと話すことはできません。
デイケアの職員(たいていの人は保健福祉師か看護師)はデイケアのメンバーが多すぎて忙しいのです。
僕は十分にカウンセリングが受けられなかったので、自分で精神分析学の勉強をしました。

たしかに対症療法ばかりではだめです。
でも、対症療法が全く役に立たないわけではありません。
風邪を治すことを例に考えてみましょう。
風邪には根治療法が四千年来ありませんでした。

今はやっとタミフルなどの根治療法薬ができましたが、全てのウイルスに効くわけではありませんし、すぐにウイルスは変異してタミフルが効かないウイルスが出てくるでしょう。
1940年代に病原菌を殺すペニシリンという抗生物質(抗生剤とも言う)が発見されましたが、すぐに効かなくなり、その後より強い抗生物質が開発され続けましたが、今では最強の抗生物質(バンコマイシン)が効かない病原菌が発見されています。
ウイルスについても同じことになるでしょう。

今まで風邪に対する根治療法はありませんでした。
風邪やインフルエンザのウイルスを殺す薬はなく、熱をおさえ、のどの炎症をおさえ、鼻水をおさえる薬しかありませんでした。
風邪薬(総合感冒薬)というのは、そういう対症療法の薬です。
風邪という病気は、対症療法薬で症状を軽くして、自然治癒力で治すしかない病気なのです。
風邪だけではなく、ほとんどの病気がそうです。
医者は薬で患者の生命力を助け、結局は患者の生命力や自然治癒(ちゆ)力によって病気を治すのです。
同じ重病でも生命力の強い患者は治り、弱い患者は死ぬのです。
だから、対症療法もばかにはならないのです。
対症療法もやりながら、根治療法ができれば最もいいのです。

人は重病にかかると怒りを感じます。
「どうして自分だけが・・・・・」と思います。
そうして、怒ることによって生命力を無駄に使います。
それが病気を治りにくくするのです。
怒る気持ち、暗い気持ち、苦しい気持ち、つらい気持ちには自然治癒力はわずかしか働きません。
反対にうれしい気持ち、希望をもっている気持ちには強く働きます。(そのことは06年09月07日の自然治癒(ちゆ)力に書きました。詳しくはここをクリック
僕には高齢な友人がいますが、その人の友人が肺結核にかかったそうです。
その当時はペニシリンとかストレプトマイシンなどの抗生物質がなかったので、
肺結核は死病だったそうです。根治療法がなかったのです。
肺結核にかかったら、死の覚悟をしなければなりませんでした。
そこでその友人はものすごく怒ったそうです。
「なんで俺だけこんな病気にかからなきゃいけないんだ。俺が何をしたって言うんだ!」と。
あんまり腹が立つから、何日も町じゅうを歩いて痰(たん)をはきまくったそうです。
他の人に肺結核を移すためにです。
でも、そういうふうに本気で怒って、怒りを思い切りぶつけた後は、人は本来の優しい気持ちにかえるものですね。
その人は「病気になって本当に腹が立つ。
とは言っても、自分は今までほとんど病気をせずに生きて来られたんだ。これは本当にありがたいことだったんだ。当たり前だと思っていたけれど、体はだまって病気にならないように、がんばっていてくれてたんだ。ありがたいことだ。それなのに自分はつめの先ほども感謝をしなかった。本当に悪かったなぁ。体さんありがとうね」と思ったそうです。
今まで自分は悪い心で、こんなに良い体を使っていた。
こんなに良い体ならば本当はやりたくないに違いない悪いことも、自分の悪い心が無理やりにやらせてきてしまっていた。
なんと自分はいやな人間だったんだろう。そのためにどれだけ周りの人に迷惑をかけてきただろう。
他人や体に対する、おわびの気持ちといままでの感謝の気持ちをこめて、その人は町じゅうの痰(たん)を掃除してまわったそうです。
バケツに水をくんで掃除してまわったそうです。
痰のなかに結核菌が混じっているかも知れないからです。
本来の優しい気持ちにかえって、町じゅうをまわったそうです。
普通の人は肺結核にかかるかも知れないから、こんなことはできないけれど、自分はもうかかっているからできるんだと思うとうれしい気持ちになったそうです。
医者は栄養のある食べ物を食べて、安静にしていなさいと言ったけれど、栄養のある食べ物を買うお金なんか、その人にはありはしませんでした。
そうしているうちに、その人は肺結核が治ってしまったそうです。

人は大きな病気にかかると「なんで自分だけ・・・」と腹が立つものです。
でも、怒りは病気を治りにくくさせます。
今まで健康を保ってくれていたことを体に感謝して、うれしい気持ちになって、体が本当はしたかったことをしてあげれば、
体もよろこんで復活してくれるものです。
自然治癒力は人が本来持っている和(なご)やかな心、やわらいだ心、喜ぶ心の中にあるのです。
そういう心になるためには、怒りをちょっと横へいなさなければなりません。
そのために、対症療法ではありますが、怒りをほかに向ける方法をもう少し書いていきたいと思います。

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2009.07.31

詩:深い傷

明日は今日より良くなる
今、そう思えるのは君がいるからなんだ
僕はずっとそう思って、なんとか生きて来て
もうそんなことが信じられなくなった時に
君と出逢ったんだ
生きる事にへとへとになった時
君と巡りあって
君に生きることについて話した時
君は私もそう思うって言ってくれたんだ
君が僕をずっと勇気づけてくれて
だから僕は生き続けられて・・・

僕はもう何百年も子どものままで
何度も何度も子どものままで死んで
今度こそはと思って
親を選んで生まれて来て
傷ついてどうしようもなくなって
思った通りに君に出逢った

結婚して生きてくってのは
子どもの遊びじゃないから
君とうまく行かないこともあるけど
いつも人の愛情を教えてくれる
「君が必要なんだ」じゃなくって
「君を愛してるんだ」でもなくって
涙をためた僕を抱きしめてくれる、君との今が幸せなんだ

君といっしょに海に釣りに行って
君は魚を釣ったことがないって言って
僕が釣り方を教えてあげて
次の日に君がカレンダーに
「魚を釣りに行った。楽しかった」って
書いてあるのを見て
君は本当にうれしかったんだなぁって思って
僕みたいに心の壊れた人間でも
役に立ってるんだって思って・・・

子どもな僕は
君と暮らしているのが耐えられなくなることもあるけど
「君が必要だ」じゃなくて
「君を愛してる」でもなくて
涙をためた僕を抱きしめてくれる
君との今が幸せなんだ
本当にそう思うんだ
君はきっと僕の深い傷を治してくれると思う
もしたった一つ願いをかなえてもらえるなら
もう一度生まれ変わっても
君は僕についてて欲しいと思うんだ

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2009.05.31

うつで外出できない時は

さて、前回に続いて怒りを表現する方法について書きたいのですが、
家の中で怒りを表現しようとしても、限界があります。
そこでまず、うつ病で体調が悪く、外出できない時にはどうしたら良いかを書きたいと思います。

うつの状態が悪いと全く外出できないことがあります。
精神科医はうつの状態の悪いときは、39度の熱がある時と同じだから寝ていなければならないと言います。
たしかに、うつがひどい時は、1m先のものを取るのが、1km先のものを取るのと同じように感じます。
寝ていて立ち上がって1m上のものを取ろうとすると、1000m登って取るのと同じぐらいつらいです。

でも、通院の時などは、そうも言っていられません。
やはり、薬を飲まないと危険であるという状態もあります。
では、そのような時はどうすればいいでしょうか。

外出しなければならないのに、うつがひどい時、うつ病患者の心の中はどうなっているのでしょうか。
僕はそんな時の自分の心の状態がどうなっているか、じっくり観察してみたことがあります。
まず、今日病院まで行けるかが、ものすごく不安な状態です。
僕がいつも思っていたことは、
「途中で気分が悪くなるのではないか?
 気分が悪くなって休んでいると、診察時間に間に合わなくなるのではないか?
 途中で帰って来なければならなくなるんではないか?
 以前に行けなくなって帰って来たことがあった。
 今日は帰ろうとしても、帰れなくなるのではないか?
 こんなに具合が悪いのに、さらに外で何時間もにっちもさっちもいかなくなったら、病気が最悪の状態になるのではないか?
 それよりも、明日別の医者に診察してもらった方がいいのではないか?
 でも、主治医ではない医者は薬の変更ができない。
 僕は今日、薬を変えてもらいたいんだ。
 でも、今の状態はとても病院までいける状態ではない。」
というような事です。

ここまで考えると、「病院に行く事はできない」と強く思っていることに気がつきます。
普通の人ならば当たり前にできることを、できないと思うのです。
家族に付きそってもらったら行けるだろうかとも考えてみます。
それもできないと思うのです。
家族に付きそってもらっても、途中で気分が悪くなり一緒に帰って来たことがあります。
家族に迷惑をかけてしまい、とても嫌な気持ちになったことがあるからそう思うのです。

では、顔を洗ったり身じたくをして、服を着がえることだけでもできないかと考えてみます。
それもできないと思うのです。
顔を洗ったり、歯をみがいたり、ひげを剃っている間に、いつも過去のいやな思い出がわーーっと押しよせて来るのです。
病院に行く途中で死ぬほど苦しかったこと、
苦しんだのに結局いけなくて、苦しみが無駄になったこと、
その他の嫌な思い出が押し寄せてきます。
途中で、病院に向かってもう一歩歩こうと思うけれども、一歩も進めない。
じゃあ引き返そうと思うけれども、引き返す力もない。
立って止まっている体力もない。
目も開いていられないほど苦しい。
進むこともできず、退(ひ)くできず、その場にいることもできない。
まさに無間地獄(むげんじごく)です。
結局、目をほとんど開けていられないまま引き返して、傷だらけになったことがあります。

そんな思い出が押しよせてくるのです。
洗面台に向かって行ったほうがいいか、行かないほうがいいか、悩みます。
考える能力もなくなっているのに、悩みこんでしまいます。
そうして、その場にしゃがみこんでしまいます。
なんとかその場はしのいでも、
家を出る直前に、玄関のドアの前で限界がきて、倒れてしまったことがあります。

外出するまでには、やらなければならないことがたくさんあります。
とてもそれらのことをやり切ることはできないと思うのです。
あれもできない、これもできないと思ってしまう。
そういう時の心を観察していると、目の前にある靴下もはけないと思っていることに気づきます。
目の前の靴下がはけないと思うのです。
前に靴下をはいた時、しまう気力がなくて布団(ふとん)のすぐ横にある靴下がはけないと思うのです。
こういう状態は、精神病者的思考法に陥(おちい)っている状態かもしれません。

確かに、顔を洗ったり、ヒゲをそったり、着がえたりして外出するのは、うつ病の人にとっては大変なことです。
健康な人にはわかりません。
健康な人からは、なぜそんな当たり前なことができないのかと思われるでしょう。
そんなことができないなんて常識外れだ。さぼってるんじゃないか?
なまけてるんじゃないか?甘えてるんじゃないか?何かの嫌がらせをしてるのか?と思われるでしょう。

でも、うつ病の人にはそんなつもりは全くないのです。
それにしても、「目の前の靴下がはけないと思うのは、やはりおかしいのではないか?」
とある時、気がつきました。
たしかに1m先にあるものは、1km先に感じてしまう。
けれども、布団(ふとん)に寝転がったまま、手をのばせば届くところにある靴下がはけないというのはおかしな話です。
それは、あまりに非常識で、不合理な考えです。
精神病者的思考法という、非論理的でありえないことを正しいと思い込む思考法におちいってしまっているのかも知れません。
そんな思考法に、はまってしまっていたら大変です。
このことに気がついたら、誰だって、「やっぱり靴下は、はける」と思いたくなるでしょう。
でも、その考えに自信が持てません。
こんな時は、すぐに靴下をはいて見て、「自分の考えはまちがっていない」ことを試してみたいと、誰でも思うでしょう。
そうして、靴下をはいてみるとやっぱりはけるのです。
それが常識で、はけないということが非論理的なのです。
それで、今僕はありえない事はありえないと思えて、実際に存在しないことは存在しないと思える健常な思考ができることが確認できるのです。

そうしたら、洗面台に向かって一歩歩き出すことができるかと考えてみます。
できないと思います。
でも、その考えは間違っているかも知れません。
病院に行くために歩かなければならないと思うと歩けないのです。
一歩歩けるかどうか試して見たいから、僕はやってみたいから歩いてみたいと思えば歩けるのです。
もう一歩試してみよう。もう一歩、もう一歩。と、やっていると洗面所についてしまいます。
せっかくここまで来たんだから、病院に行こうと思います。
そうして、ヒゲを剃っていると、
「まだまだ家を出るまでにはものすごくたくさんのことをしなければならない。
 服は何を着て行けばいいんだろう。
 へんな格好をして行って、病院で友達に偶然会ったら、なんか嫌なことをいわれるんじゃないだろうか?
 服を選んだり、ものすごく苦しい思いをして家を出ても、病院に着くまでにもたくさん苦しいことがある。
 前にあんなこともあったなぁ、こんなこともあったなぁ。
 病院に着いたとしても医者に何て話せばいいだろう?
 何て話せば分かってもらえるんだろう?
 前に全然分かってもらえなかったことがあったなぁ。
 久しぶりに外出するのだから、病院の帰りにあれを買っとかないといけないなぁ。
 これもしとかないといけないなぁ。
 今度いつ外出できるのか分からないんだから、絶対やらないといけないなぁ。
 ああ、でもできるかなぁ?できないだろうなぁ」等々のことが自然に頭に浮かんで来ます。
そうすると、死にたくなるほど気分が悪くなって、布団にもどって寝込んでしまうのです。
このような考えは、その日その日によって違いはありますが、一つのパターンがあります。
それはまず、現在よりも未来のことを考えているということです。
未来のこと予測しようとしているのです。
そのために過去のいやな思い出や失敗を思い出して、
そのことから未来を予測して「あんないやなことが起こるだろう、こんな悪いことも起こるだろう」と不安になり、心配しているのです。
過去と未来ばかり考えて現在を考えていないのです。

服について、友人に嫌なことを言われたことは、過去に一回しかありません。
そういうことは、友人がよほど機嫌が悪い時でなければないことです。
それは、認知行動療法(注1)の中で取り上げられる自動思考の一種で「過剰な一般化」と言う現象が起こっているのです。
友人の機嫌がそんなに悪い時は、どんな服を着ていっても何か言われるでしょうから、どの服を着るか迷うのは無駄です。
医者に話すことは診察の5分前に考えれば充分間に合うのです。
どうしても間に合わないと思うときは、病院についてから、紙に書きながら考えれば間に合います。
そんなことを今から診察まで考えていたら疲れてしまいます。
そんな能力は今はありません。
ないのに無理をするのが一番いけないのです。

とにかく、外出できない時はつらい過去から暗い未来を予測しているのです。
洗面台の前で外出の用意をしていると、いやな思い出がたくさん押し寄せてきます。
今日の事とはまるで関係がない、いやな思い出を思い出すこともあるでしょう。
過去のいやな思い出を思い出すのは、それに似たことがまた未来にもう一度あると思っているからです。
「今度はこうしよう」と未来にそなえるために思い出しているのです。
そんなことよりも、大切なのは現在、今この時なんです。
今そんな先のことを考えてる場合でしょうか?
そんなことを考えて、布団に逆もどりすることは自分にとって有利なことでしょうか、損なことでしょうか?
もちろん、そんなことを考えるのは損だから、やめた方がいいのです。

例えば今、自分はヒゲが剃りたいと思っているとします。
その理由は久しぶりだからです。
今ここのヒゲが剃りたいと思っている。だから剃る。
それだけを考えるのです。
そうしたらヒゲなんてあっという間に剃れてしまいます。
つぎは顔が洗いたい。
シェービングフォーム(ヒゲ剃りクリーム)を洗い流したいから。
このままでは不快だから。
洗い流せば快感が得られるから。
だから洗う。
そういうふうに今、現在に集中すれば簡単に外出できるし、外でしたいことをして楽しく帰って来れます。

「僕は今、この歯がみがきたい。
いや、みがけないんじゃないだろうか?
いやいや!僕は絶対にみがける。僕はできるんだ!
うそだと思うのなら、証拠をみせてやる!
ほーら!みがけたじゃないか」
こういうふうに考えながら、一つ一つの“今の”ことに集中すればできないことはないですし、
失ってしまっている自信を取り戻すきっかけにもなります。

これは、08年11月24日から書いている「過去を思い出して心を痛めてはいけない。今が大事。先を楽しみにしよう」(詳しくはここをクリック)ということです。
もちろん何でもやればできると言っているわけではないです。
自分の体と心が快感を感じられるからやりたいと思い、だからやるのです。
他人のためにやるのではなく、やらなければ他人に悪いと脳が判断するからやるのではなく、自分の心と体のためにやるのです。
そういう所からやっていかないと、うつ病は治らないと思うのです。

ここで言う脳とは、頭蓋骨(ずがいこつ)の中にあって記憶・計算・比較・分析・推測・計画・論理思考などの情報処理をする部分です。
心とは、その一部は頭蓋骨のなかにありますが、脳とは別の場所にあり、
潜在意識(精神医学用語で無意識と呼ばれるもの)を含み、全体無意識(精神医学用語で集合的無意識と呼ばれるもの)とつながっている部分です。
うつ病を治すには、脳と心を別のものと考えなければならないという学説が精神科医の間で広まってきています。
そのような説についても、いずれ紹介したいと思います。

ちょっと余談ですが、最近Internet Explorer8をインストールしました。
その時にyahoo辞書をアクセレーターに追加すると、読めない漢字があっても、そこをドラッグしてクリックするだけで、読みと意味が分かるようになりました。
今までは読めない漢字があると、そこをドラッグして、CtrlキーとCを押してコピーして、yahooのトップページの検索窓にCtrlキーとVで貼り付けて、辞書をクリックしていたのですが、とても便利になりました。

(注1)認知行動療法については、またゆっくり書きたいのですが、とりあえず知りたい方は、http://hikumano.umin.ac.jp/cbt_text.html等に書いてあります。

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2009.04.23

怒るということ-その1

さて、今までの続きで「過去を思い出して怒りで心を苦しめる必要はない」ということを書きたいのですが、
その前にそもそも「怒る」ということはどういう事なのかを考えてみたいと思います。
「怒る」ということ自体を否定する人がいます。
ポジティブシンキングを勧める人や、プラス思考が好きな人には、そういう人が多いです。
また、潜在意識をコントロールして夢を実現しようという人にも多いと思います。
しかし、「怒る」ということは、全くいけないことなのでしょうか?
僕は全くいけないことだとは思いません。
かと言って怒りまくった方がいいという訳ではありません。
僕はカッとなって怒ってしまって、人間関係にヒビを入れてしまった経験がたくさんあります。
そのほとんどが修復できないヒビになってしまいました。
だから、怒ることは悪いことではないですが、その怒(いか)りの出し方が重要だと思うのです。

怒るというのには、不平や不満、愚痴が入ります。
だから、マイナスの思考であるからダメなんだ、と思う人もいるでしょう。
しかし、一つには革新や改革というものは、怒りが元になって行われてきたものです。
会社の仕事のやり方だって、
「なんでこんなやり方をしているのだろう?こうすればもっと品質が良いものが安くできるのに。それで、もっとお客様に喜んでもらえるのに。
なんでやり方を変えないんだろう?それが習慣で慣習だから?やり方を変える勇気がないからなの?」
という疑問や怒りから変わって行くのです。
それは人間の歴史の中で、科学学説から生活のシステム自体まで、みんなそうです。
遺伝子の法則を発見したメンデルは、生物学会がどうしても彼の法則を認めないことに怒り、
「必ず私の時代が来る!」
と言いながら亡くなったそうです。
こうした怒りから研究や実践が行われて、より良い方向に物事は変わっていくのです。

もう一つには、怒りにはものすごいパワーがあるということです。
怒っている時には仕事の効率がものすごく良くなります。
何かに対して怒っている時に部屋の掃除や整理をすると、あっと言う間にきれいになります。

前にも書きましたが、僕は前の会社でお惣菜(そうざい)の商品開発をやっていました。
会社というところは(社会全体もそうかも知れませんが)、汚いところです。
汚い欲があったり、利己心(エゴイズム)があったり、つまらないプライドがあったり、臆病(おくびょう)で ことなかれ主義な人がいたりします。
古いやり方にしがみつく因循姑息(いんじゅんこそく)な人もいますし、
めんどうくさい仕事は他人に押しつけて、給料は他人よりもたくさんもらいたい人もいます。
それが人情ですね。
会社の利益が第一で、消費者のことはその次だと考える人もいます。(「うちの会社は慈善団体ではなくて、営利企業なんだから」と・・・。「消費者の満足が第一なのであって、消費者から支持されない企業なんて滅び去るに決まっているでしょう!!」なんて言ってケンカするのもバカバカしくて嫌な人もいます。)
そういう様々な怒りを仕事にぶつけると、闘志にあふれた商品ができました。

怒りというものには、修復不能な人間関係のヒビを作るほどのエネルギーがあるのですから、
これを利用しないのはもったいないと思うのです。
「怒るのは健康に良くないから、怒らないようにしよう」なんて思って、
一生、心の中でさえ怒らないというのは損な生き方だと思うのです。

会社などの組織の中や、家族などのコミュニティーなかで、
「なんでやり方を変えないの!?この臆病者ぉー!!」
と叫んでも、自分が本当に心地よいと思うやり方には変わらないでしょう。
でも、怒りを持つこと、闘志を持つことは、とても大切なことだと思うのです。

精神病の治療には、分厚い木の板に粘土を投げつけて怒りを表現するような方法もあります。
僕なりにやってみた方法もあります。
文章に書いてみる方法もあります。
これから、そういう方法を紹介していきたいと思います。
その後で、自分勝手な欲望が満たされないために出てくる怒りや八つ当たりしてしまう時の怒り、
その他の自分を苦しめる不必要な怒りを無くすためにはどうしたらいいかを書いていきたいと思います。
怒りで心を苦しめない、僕なりの方法を書いていきたいと思います。

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2009.03.17

詩:君の夢をかなえるために

踊りだしそうな気持を体中で感じて
ずっと君のそばにいたい
君の夢をかなえるために

まぶしい春の日ざしの中
光る風がきらめいて
悩み抜いてた寒い季節を捨てて
やっぱり君と生きて行こうと決めた
こんな僕を愛してくれるんだから
一度は愛をあきらめてしまっていたんだから
踊りだしそうな気持を体中で感じて
ずっと君のそばにいたい
君の暖かな日ざしを受けている時だけ
僕は青空みたいな澄んだ心でいれる
君の夢をかなえるために

愛されないと ほめられないと 必要とされないと
人は生きられない
僕のプレゼントに驚いて喜ぶ君の笑顔に
キスをした あの春の夜
もう二度とない出逢い
あの君の愛しいまなざしを忘れない
走り出しそうな気持を体中で感じて
ずっと君と歩いてゆきたい
いくつ寒い季節が来ても
今日の気持ちを忘れたくない
二人の夢をかなえるために

踊りだしそうな気持を体中で感じて
ずっと君のそばにいたい
君の暖かな日ざしを受けている時だけ
僕は青空みたいな心でいれる
君の夢をかなえるために

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子供を育てるのはどうしてこんなに大変なのでしょう?

前の稿で「過去を思い出して悲しみで心を痛める必要はない」と書きました。
次に「過去を思い出して怒りで心を痛める必要はない」ということを書きたいと思っています。
けれども、その前に私たちが今生きている時代について書きたいと思います。
今の時代を子育ての角度から考えてみたいのです。
子供を育てるのは大変です。
僕も前妻との間に子供が二人いました。
育児に参加したこともあるので、この大変さについては良く分かります。
僕は休日にミルクを作ったのですが、本当に大変でした。
「ちょっとやってられないよぉ~。」と思うほど大変でした。
今はとても便利で楽な時代になっています。

しばらく前に、テレビで昔の家電で生活する実験をやっていました。
まだ売り出し中の、19歳ぐらいの女性のアイドルが、昔の家電で生活していました。
まず、10年前の家電で1週間生活して、次の週は20年前の家電で生活していました。
20年前は携帯電話がまだなかったので、携帯電話を取り上げられていました。
そのアイドルは携帯を取り上げられることに、とても抵抗していました。
彼女にとっては携帯のない生活なんて考えられず、一日中電話をしたりメールを打っていたので、とても不安になると思ったのです。
結局彼女は携帯を取り上げられました。
やはり彼女は不安になり、その不安さは薬の切れた薬物中毒者のようでした。
携帯の代わりに固定電話が設置され、その横に番組のスタッフが携帯の電話帳を手書きで写した50音別の電話番号帳が置かれました。
ところが、彼女は電話番号帳というものを見たことがなかったので、それが何か分からず、友達などの電話番号が分からなくなってしまったのです。
彼女は前の週に、アイドルの後輩二人と横浜の水族館に行く約束をしていました。
携帯があるからと思い、「2時に横浜駅で待ち合せよう。」と約束していました。
当日の2時に彼女が横浜駅で待っていると、いつも通り後輩たちは少し遅れて来ます。
後輩が2時ちょうどに今どこにいるかを携帯で知らせようとしますが、当然彼女とは連絡がつきません。
しばらくすると後輩も横浜駅につきますが、駅の別の場所にいるので彼女と会えません。
彼女は後輩たちを探し回りますが、1時間以上見つかりません。
携帯が故障した時のために、「どうして横浜駅のどこで待ち合せるか決めなかったのか?」と彼女は後悔します。
「後輩は私がドジで携帯を壊してしまったと思っているんじゃないかなぁ?」
「私が事故で大けがをしていると思っているんじゃないかなぁ?心配かけてるよなぁ」
「どうして私は携帯の電話帳を紙にメモっとかなかったんだろう?」
「どうして20年前は携帯がないことぐらい気がつかなかったんだろう?」
彼女は自分をせめ続け、泣きながら後輩を探し続けます。
結局彼女は4時半まで後輩と会えませんでした。
実験は進み、とうとう70年前の家電で生活をすることになりました。
70年前には洗濯機はありません。
彼女は洗濯板で洗濯をすることになりました。
洗うことから脱水まで、全部人力でやらなければならないのです。
あまりの重労働に彼女はヒステリーを起してしまいます。
とうとう彼女はキレてしまい、洗濯をしなくなりました。
同じ服を着続け、買い物をするのも部屋着のままで出かけます。
また、70年前は電気式の冷蔵庫がありません。
木製の冷蔵庫の中で食べ物が腐っていくのを見た彼女は、冷蔵庫の中に氷を入れて冷やそうと考えます。
スタッフからのアドバイスで彼女は、渋谷にある氷屋さんに行きます。
氷屋さんには、とても優しそうなおばあさんがいました。
そこで彼女は、家にあるのとそっくりな木製の冷蔵庫を見つけます。
そのことを言うと、おばあさんは「あなたはどうしてそんな冷蔵庫を使っているの?」とたずねてくれました。
彼女が事情を話すと、おばあさんは店の奥の部屋に彼女をまねいてくれて、
お茶をすすめながら、「それは大変だねぇ、それは大変だねぇ。」と話を聞いてくれました。
おばあさんは、70年前はもう戦争が始まっていたこと、
食べ物も電気もなかったこと、
夜に月が出ると「ありがたいなぁ」とみんなでお月さまに感謝したことを話します。
彼女は今までの便利さ、楽ちんさを当たり前だと思っていたことを反省して泣いていました。

本当に今の時代は便利で楽な時代なのですね。
ところが、この便利で楽な時代の中で、4千年前に人力でピラミッドを作っていた時代から変わらずに大変なことがあります。
それは乳幼児の育児です。
4千年前から進歩したことと言えば、紙おむつが発明されたことぐらいです。
たった70年前に逆もどりしただけで、ヒステリーを起してしまうのですから、
4千年前と変わらなければ、育児が大変だと感じるのは当たり前でしょう。
親が多少ヒステリーを起こすのも仕方がないことなのでしょう。
ただ自分は便利な世の中に慣れすぎていて、忍耐力が落ちていること、
子供を育てるのは元々大変なことを忘れると、強烈なヒステリーを起こしてしまうでしょう。
それが子供のトラウマ(精神的外傷)になってしまうかも知れません。
それが原因でさまざまな心の病気、例えば機能不全家族(育児ができない、団らんが持てない家族)が生まれてしまう可能性もあるのではないでしょうか。
機能不全家族については、またしばらく後で書きたいと思います。

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2008.12.23

詩:いっしょに暮らしたい

(前妻と離婚する時の詩です)

坂の上の社宅で二人は暮らし始めて
同じ時を過ごした
僕は生れてはじめて自分の居場所を見つけた
君にできることは
ハンバーグとグラタンと煮物を作ること
でも いつも「おいしいね、おいしいね」って笑って
僕の心は満ち足りてた
君は「私世界一幸せになれると思うの」って言っていたよね
結婚式の日、神様の前で君はにこにこ笑っていたよね
二人目の子供ができたあの日に
君は夢のように行ってしまった

今年は海に行こうって
二人でカラオケにも行こうって
約束してくれたよね
君は約束してくれたよね
会いたい
君とまたいっしょに暮らしたい

一人で海辺を歩いて
君に似た人の後ろ姿を見る
これが君だったら
君だったら・・・
「こんなにドキドキしていたら、私早死にするかもしれない」
君はいつも言ってたよね
「どこにも行かないで、ずっとそばにいて」
そう言ってたよね
時々冗談で
「もう離婚よ」
って言って笑ってたよね

いつものように
臆病な僕の手を握り
バカだねって叱って欲しい
やさしくキスをして
「うそよ」って言って抱きしめて欲しい
会いたい
君とまたいっしょに暮らしたい

「離れないで」って言って欲しい
どうか僕をまた一人にしないで
強く抱きしめて
僕のそばにいて・・・

今年は海に行こうって
二人でカラオケにも行こうって
約束してくれたよね
君は約束してくれたよね
会いたい
君とまたいっしょに暮らしたい

(離婚した理由については、05年9月27日の「詩:にぶいやつだ」を参照してください。)

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2008.12.20

なぜ過去の失敗を思い出すのか?

さて前回、過去の失敗を思い出してしまう理由は、心の底に「死の恐怖」があるからだと書きました。
なぜそうなっているのでしょう?
それは、「失敗をすると殺される」と思う思考経路が出来上がってしまっているからです。
どうして、そんな考え方をするのでしょうか?

一つの例をあげて説明しましょう。
埼玉県に住む両親と子供がいたとします。
両親は二人とも仕事をしています。
子供は幼稚園に通っています。
今日は3人で東京ディズニーランドに行く予定です。
子供は今日が初めてのディズニーランドです。
予定通り車で家を出て一時間ほど走り、途中にあったマクドナルドに寄りました。
そのマクドナルドには、プレイゾーンというトランポリンや大きな滑り台などがある遊び場がありました。
子供が遊んでいると両親は、
「もうそんな所で遊ぶのはやめてディズニーランドに行こう。」
と言います。
ところが、子供はディズニーランドに行ったことがないので、
「いやだ!今日はここで一日中遊ぶ!」
と言います。
子供はそのプレイゾーンが気に入って、全然言うことを聞きません。
両親がどんなにディズニーランドが素晴らしい所であるか、
こんな所で遊んでいるのは、いかに時間がもったいないかと説明しても、その子供は理解力がないので
「ここで遊ぶんだ!」
と言いはります。
両親も子供の言う通りにしたいのですが、
3人のスケジュールがなかなか合わないので、今日ディズニーランドに行かなかったら今度いつ行けるか分かりません。
そんな時には普通の親だったら、必ずこう言うでしょう。
「そんなに言うことを聞かないんだったら、ここに置いて行くよ。」

子供は一人で置いて行かれたら迷子になってしまうと思います。
こんなに遠くで迷子になったら死んでしまうと思います。
そうして、結局3人でディズニーランドに行き、
子供はマクドナルドのプレイゾーンよりも、ディズニーランドの方がずっと楽しいという事を学習します。

これは恐怖感を与えて教育する方法です。
普通の親ならば、みんなこの方法を使います。
これは親も子供の時にはそうされた、非常に効果の高い教育方法なのです。
「言うことを聞かないのなら置いていく、家に入れないでご飯も食べさせない、部屋に閉じ込める」などと言って子供を脅(おど)すのです。
また、子供が以前に教えたことを忘れて、同じ失敗をくりかえした時も脅したり、怒って恐怖感を与えます。

普通の子供だったら、親が本当に置いていく、
つまり親に本当に殺されるとは思わないでしょう。
でも、次のような特長を持った子供だったらどうでしょうか?
(1)きめ細かい繊細(せんさい)で鋭敏な感覚を持っている。
(2)人が見過ごすようなことにも感動を見つけられ、感受性が豊かである。
(3)想像力が豊かで、人が見過ごすようなことにも恐怖を感じることができ、危機管理 能力が高い。
(4)他人の表情や声色(こわいろ)から本当は何を考えているかを見抜くことができる。
(5)自分や自分たちの欠点を真摯(しんし)に受け止め、危機感を持って改善しようとす  る。
 たとえそれが相手のヒステリーだろうが、八当たりだろうが、ストレス発散であろうが、
 相手が自分のためを思って言ってくれている所があれば、何とか改善しようとする。
(6)純粋で素直で優しくて、まず人の言うことを信じているようにふるまってあげようとす る。
 (本当には信じていなくても、信じているようにふるまってあげようとする)

さて、このような子供は大変すばらしい子供なのですが、
この特長を別の角度から見てみましょう。
まず、きめ細かい繊細で鋭敏な感覚を持っているというのは、別の言葉で言えば「神経質」と言えるでしょう。
人が見過ごすようなことにも感動を見つけられ、感受性が豊かであるというのは、「過敏である」とも言えるでしょう。
想像力が豊かで、人が見過ごすようなことにも恐怖を感じることができ、危機管理能力が高いというのは、
少し言葉の意味が違うかも知れませんが、「臆病(おくびょう)」と言えないこともないでしょう。
ただ、臆病というのは決して恥ずかしい性格ではありません。
歴史上の名将(すぐれた武将、司令官など)やすぐれた作戦家の多くは、この性格を持っています。
このような人たちは自分たちの抱えている危機を、臆病な性格によって知ることができ、
それによって味方の守りを完璧(かんぺき)にするから常に負けることがないのです。
次に、他人の表情や声色(こわいろ)から本当は何を考えているかを見抜くことができるというのは、
「過剰な反応をする」、「羸弱(るいじゃく)」とも言えるでしょう。
悪く言えば、常に他人の顔色を気にして行動するということになるでしょう。
その次に、自分や自分たちの欠点を真摯(しんし)に受け止め、危機感を持って改善しようとする。
たとえそれがその欠点を指摘した相手のヒステリーだろうが、八当たりだろうが、ストレス発散であろうが、
相手が自分のためを思って言ってくれている所があれば、何とか改善しようとするというのは、何でも「真(ま)に受ける」と言うことでしょう。
相手が「これくらい大げさに言っておけば、ちょっとは改善してくれるだろう」と思って言ったことも、全部改善してしまう。
「こんなことを言われるということは、あそこも改善したほうがいいのではないか?ここも改善したほうがいいのではないか?」
と考えて言われていないことまで改善してしまう。
こういう事は、やはり「真に受ける」と言うことだと思います。
純粋で素直で優しくて、まず人の言うことを信じているようにふるまってあげようとする
(本当には信じていなくても、信じているようにふるまってあげようとする)というのは、
「軽信」(軽々しく人の言うことを信じること)にとてもよく似ていると思います。
明治維新を起こした有名な革命家に、吉田松陰(しょういん)という人がいます。
彼は日記に
「余(よ)は人を信ずるに失(しっ)するとも、誓(ちか)って人を疑うに失することのなからんことを欲(ほっ)す」
と書いています。
人を信じて失敗するのは良いけれども、人を疑って失敗したくはない、と言うのです。
僕はこのような考えにとても共感します。

さて、上に書いた六つの性格を全て持っている子供を、普通に育てたらどうなるでしょう?
全く知らないところに置いて行くと言われたり、
ごはんを食べさせないと言われたら、殺されると思うでしょう。

両親というのは、子供が一番初めにいっしょに生活する人間です。
ですから、「親の言うことを聞かないと殺される」と思いこめば、
「人の言うことを聞かないと殺される」と思いこむようになります。
以前教えたことを教えた通りにやらないで、失敗すると親は怒ります。
その怒り方が激しかったり、脅(おど)し方が激しかったら、
上記のような子供は殺されると思うでしょう。
そうすると、「失敗すると殺される」と思い込むことになります。
失敗しないためにはどうすればいいでしょう?
それには、過去の失敗を何度も何度も思い出して、
失敗しないように常に神経を張りつめているしかないのです。
そうしないと殺されるのですから、命がけで全身全霊をこめて、そうするしかなくなるのです。

僕も神経質で、羸弱で、過敏で、他人に過剰な反応をして、臆病で、何でも真に受けて、軽信しやすい子供でした。
僕は小学生の時から「勉強しないのなら出て行け」と言われました。
怒られる時は必ず「出て行け」と言われました。
一時は父親がお酒を飲んで、“病的酩酊(めいてい)”状態になりやすかったこともありました。
病的酩酊状態とは、1分前の記憶がなくなり、翌日には昨夜お酒を飲んで何を言ったか分からなくなる状態です。
理性的な判断力がなくなって、刑事的責任能力がなくなる状態です。
母親は強度のヒステリーだったことがあります。
毎日父親がお酒を飲んで会社のお得意先の人といっしょに帰宅し、明け方まで家でお酒を飲むので、
極度の睡眠不足になってしまったのが原因です。
「出て行け」と物心がつくころから言われました。
そんなに幼いころに家から追い出されたら死んでしまいます。
普通の子供ならば無視するでしょうが、僕は聞き流すことができませんでした。
「本当に出て行ったら困るくせに」という考え方ができませんでした。
人は自分よりも体が2倍も大きい人間から大声で怒鳴られるだけで生命の危機を感じものでしょう。
僕はそのような危機感を、人の何倍も感じやすい子供でした。

人間というものは、自分が死んで愛する人々が助かればそれでよいと思うものでしょう。
僕は妻のためならば死ねます。
妻と僕のどちらかが死ねばどちらかが助かるというのならば、自分が死にます。
それは当たり前です。
まさか俺は生きたいからお前が死んでくれなんて、言う夫はいないでしょう。
子供のために自分が死ぬというのも当然です。
それが親子愛だと言ってもいいでしょう。
そんなことは動物だってします。
それが生物の本能であり、人間の魂に響く考え方です。(詳しくは07年03月15日の「社会生物学」を参照してください
ただ早々と死を選ぶのは、愚かな人か心を病んでいる人のやることです。
子供に親がいないのといるのでは、いたほうがいいに決まっているからです。
子供も助かり自分も助かる方法を考えるのが普通の人です。

親が
「お前なんか出て行け、出て行って野垂れ死に(のたれじに)して死んじまえ!」
と言ったって本気ではありません。
恐怖感を与えて、言うことを聞かせて幸せにしてあげようと思っているのです。
あるいは子供の将来の幸せを考えて「こうしなさい」、「ああしなさい」と言っているのに、
子供が怠惰(たいだ)でその場の快感だけを追求して全然言うことを聞かないから、
カッとなってつい言ってしまうだけです。
本気で死ねばいいと思っているわけではありません。
親は自分が死んでも子供を生かしたいと思っているのです。
僕もこのことには、前妻との間に子供ができて初めて気付きました。

だから、親の言うことを真に受けて、親は自分に死んで欲しいんだと思いこむのは間違いです。
親というのは、人が人間関係を作る一番初めの人間です。
その一番初めの人間が「自分を殺したいのだ」という間違った思い込みをしてしまうと、
その後の人間関係に大きな障害が出てしまいます。
これが僕の場合の人間関係のつまずきの始まりだったのです。
もちろん、普通の子供は多少強く怒られてもそんな思い込みはしません。
でも、中には特殊な性格を持った子供もいるのです。
「いい子にしていないと殺される」
「いい子にしていないと愛されない」
「自分には条件付きの愛情しか与えられない」
「自分が無条件の愛情を受けることはない」
「相手に全く迷惑をかけないようにしていないと愛されない」
「相手に少しでも不快感や不利益を与えると愛されない」
「相手に大きな利益を与え続けないと愛されない」
と心の底で考えるようになるのです。
全く不快感や不利益を与えないで、大きな利益を与え続けられる相手なんていません。
その理由は自分が人間だからです。
自分は神や仏ではないからです。

そういう思い込みをしていると、友人から利益をすぐくれる、いいやつだと思われるようになります。
お人よしだと思われて、利用されます。
僕は物やお金はあげませんでした。
そこまでお人よしではありませんでした。
けれども、友人にテストに出る問題の解き方を教えてあげていました。
自分がまだテスト範囲の勉強が全部は終わっていないのに、
終わったところまでは教えてあげていました。
どんな人といる時も常に緊張をしていました。
自分にはどこにも居場所がないと思っていました。
焼けつくように孤独でした。
遠慮なく何でも話せる人なんていませんでした。

でも、初めての子供が10歳とか12歳になるまでは、
親だって「自分の子供は特殊だ」なんて分かりませんし、
親だって未熟ですし、自分より年下のやつに謝(あやま)るなんて「大人」で「偉大」な親は普通いません。
ついかっとなって怒ってしまったからといって、謝(あやま)る親なんていません。
子供を怒って「ああ言いすぎたなぁ」と思っても普通の親は謝りません。
生徒に謝る教師がいると、
僕の母は
「あの先生は独身だから、ウブだなぁ、純真だなぁ、子供になれていないなぁ、あんな先生が担任でだいじょうぶかなぁ」
と言っていました。
こういうおおらかな親に傷ついてしまう子供もいるでしょう。
子供なんて言っても聞かないし、叩いたり、ちょっと外に閉めだしたり、部屋に閉じ込めないと反省なんてしないと思う親は多いでしょう。
そう思うほうが普通で、ほんの少し怒られただけで何時間も反省して、
言われていないことまで紙に書いて反省して、
死にたくなる僕のような子供の方が特殊なのです。

つまり、僕は愛されていなかったわけではないのです。
普通に愛されていたのです。
「人間というのは、自分のような人間がうとましくて、こんな人間を見るといじめ殺したくなる」
と思っていたのは、誤解だったのです。
「自分のような人間は存在自体が不愉快で、存在するだけで不利益を与えていて、
よほど迷惑をかけないように緊張していないと嫌われて生きていけないのだ」
という考えは間違いだったのです。
大きな誤解だったのです。
全ての問題はそこにあったのです。
それが大きなストレスになっていたのです。
生きていること自体が巨大なストレスになっていて、プレッシャーになっていたのです。
そこから過剰な反省が生まれてきていました。
他人の失敗まで自分のことのように後悔して心を痛めてしまっていました。

失敗をして反省をすることはいいことです。
失敗をしても反省をしない人がいます。
何でも他人のせいにして、自分で努力をしようとしない
そういう人は、他人にものすごく迷惑をかけてしまう人です
そういう人に比べて反省をする人は、自分をより魅力的に変えていく能力がある人です。

失敗したら反省をして、そこから教訓を引き出せばいい。
失敗を思い出したら、その教訓を思い出せばいい。
教訓が十分記憶できたら、もう失敗の方は思い出さなくていい。
たとえ同じ人に対して同じ失敗をしてしまっても、
それが正当な殺人理由になるわけではないのですから。

「自分は過去にこんな失敗をした人間だから、将来的にこんな失敗をするに違いない」という予測は当たるでしょうか?
僕の場合は、じっくり自分の人生を振り返ってみた結果、まるで当たっていなかったことに気がつきました
自分はこんな失敗をしたことがあるから、だから、それが原因となって、将来必ず絶対こんな失敗をするであろう、
こんな悪い結果がおこるだろうと、考えることがあります。
しかし、そのようなタイプの「過去から類推(るいすい)して立てた未来の予測」というのはまるで当たらないものです。
他人がそのような失敗をしているのはよく見ます。
「あの人は以前あんな失敗をしていたなぁ。だから今回も失敗するんじゃないかなぁ」と思っていたら、案の定(じょう)失敗することはあります。
でも、うつ病になるような人は、自分の都合の悪いことはみんな忘れてしまう「陽気な」人とは違うのです。
何度も失敗を思い出して、十分対策を立てて準備をしているから失敗しないのです。
「自分はこんな失敗をしたことがある。こんな失敗をするようなことでは将来的に見込みがない。
だから死んだ方がいいんだ」と考える必要はないのです。
過去を思い出して悲しみで心を痛める必要はないのです。

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2008.11.30

詩:紅葉(もみじ)

いつも君が隣で笑ってくれる
きっと一生いっしょにいてくれる
このかけがいのなさ
今の僕には分かる
季節はどんなに変わっても
その笑顔をきっと忘れないで

君と出会った春の写真には
僕が固くなって はにかんだ笑顔浮かべてる
あの春の君の
白いスカート 革のブーツ
きっといつまでも忘れない

恋しくて
君の声を聞きたくて
手帳にメモした君の番号
今あの頃を思い出して懐かしく見返す

あの頃はこんなうれしい場所に
ふたりで来れるとは思わなかった
またハンドルを握りながら、
「きれいな もみじだね」って
きれいだね きれいだねって
言って・・・
もう一度こんな日が来ることを
どんなに待っていただろう
ひとりで待ってる一日は
どんなに長かっただろう

今は
君がいつも隣で笑ってくれる
きっと一生いっしょにいてくれる
季節はどんなに変わっても
その笑顔をきっと忘れないで

冷たい雨が上がって
暖かな陽ざしさすように
一人淋しい季節は終わって
もう取り戻せないと思ってた夢をも一度つかんだ

恋しくて
君の言葉を思い出してた
君に書いた手紙を思い出してた
君と別れる夢を見て泣いた

今は
君がいつも隣で笑ってくれる
きっと一生いっしょにいてくれる
季節はどんなに変わっても
その笑顔をきっと忘れないで

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